【第16回】西村 賢さん(Coral Capital Partner & Chief Editor)-後編-
2021.07.21
編集のスキルやテクニックは、世の中に思われている以上に大きな価値がある(後編)
主にシード期のスタートアップに投資する独立系ベンチャーキャピタルのCoral Capitalは、起業家を次のステージに導くための様々なサポートを提供しています。その中でもPRは力を入れている活動の一つ。起業家の成長を促す様々なコンテンツを提供するCoral Insightsで、編集長を務める西村賢さんにお話を伺いました。今回は後編でCoral Capitalに入ってからのお話を伺います。
■Coral Capital Partner & Chief Editor 西村 賢さん
■プロフィール
早稲田大学理工学部物理学科在学中から月刊誌で連載を持ち、卒業後はアスキーの編集・記者としてネット・デジタルを幅広く取材。2006年にアイティメディアへ入社、ITエキスパート向けWebサイトの「@IT」で副編集長としてエンタープライズITやソフトウェア技術の動向だけでなく、DropboxやAirbnbなどY Combinatorの創業者らを数多く取材。2013年にTechCrunch Japan編集長に就任し日本のスタートアップ、起業家らを数多く取材。約5年間で年次イベント「TechCrunch Tokyo」の来場者数を3倍にするなど日本のスタートアップエコシステムの成長にメディアとして貢献。2018年Googleに入りスタートアップ支援や投資関連業務に転身、2019年8月から現職。
Coralでやっている編集の極意
― Coralの情報発信活動は西村さんが入ってから変わったと思います。どこをどう工夫したのでしょうか。
西村 賢さん(以下、西村) 創業パートナーCEOのJamesはデザイナーでもありますし、元々サイトのデザインも含めていろいろなことをCoralは自分たちでやっていました。欠けていたのは編集の視点だけだった。僕の認識では、編集のスキルやテクニックの価値は一般に思われているより高い。世の中的に素材はたくさんありますが、素材を見つけて見せる形に編集できるリソースが足りていません。
一例としてオウンドメディアの運営で言えば、誰が誰に向かって話をしているか、映画のカットで言えば、まずカメラアングルを決めることが大事です。カメラは動いても構いません。ただあまりにも頻繁に動くと、誰が誰に向けて書いているかがわからない文章ができてしまう。例えば「桜が咲いてきましたね。ビーコミの加藤です。こんにちは。」という文章をいきなり読まされると「誰?」って、なりますよね。
それからメッセージには統一感やコミュニティー感も必要です。ファッション雑誌で「〇〇読者には何とか」という読者全体を「自分たち」として指し示す表現が目立つように、どの媒体にも特徴的な言い回しがあます。僕自身も「Coral Insights読者ならご存知の通り」を意識的に使っています。常に一貫したメッセージを出すことで「ここはそういう場なんだ」と共通認識が醸成されるわけです。
いわゆるトンマナ(トーン・マナー:文体や言い回しの特徴)の統一も大事ですし、専門的なことを扱う場合でも常に非専門家を意識して「自分には関係がない」と感じさせないように解説的な情報を埋め込んでいくのも大事です。これは専門媒体を経験してきたから逆説的に思うことですが、ギョーカイ感や内輪感を消して、より広い層にメッセージを届けるのがメディアの役割と思うんです。Coralのメディアは自分たちだけのためにやるのではなく、日本におけるスタートアップの存在感を高めたい、もっと多くの人に目を向けてほしいと思ってやっています。
今のTwitterは21世紀初頭の新聞の一面だと思う
― 西村さんのやっている編集の仕事ってどんなことでしょうか。
西村 僕がCoralでやっているのはブログ、YouTube、ソーシャルメディアですが、基本的に構成を考えることです。例えば、オウンドメディアでサイトを立ち上げたとしましょう。今の読者はTwitterやNewsPicksなどを経由してやってきます。大手新聞やヤフーは別として、余程強いサイトにならないとトップページには来てもらえません。じゃあどうするか。今のTwitterは21世紀初頭の新聞の一面だと思っていて、RTされやすい投稿方法を肌感覚で知っている人が運営をやっているかどうかで、持っている素材が生きてくるところがあるように思います。素材は世の中にたくさん溢れていて、みんなが「うちは良い素材をたくさん持っている」と思っていますが、一般の人にとっては「知らんがな」ですよ。素材を活かせるスキル、それをどう広げるかという肌感覚がない人がいきなりオウンドメディアを始めても難しい。中にはすごくいいインタビュー記事を出しているのに、見せ方や拡散のところができてなくてもったいないと思う会社も少なくありません。
記者に「知らんがな」と思われていないか?
― せっかくお金をかけてやっているのに、埋もれてしまうのはもったいないですよね。
西村 Coralとしてはソーシャルメディアを活用し、オウンドメディアに力を入れることで自分たちのことはもちろん、スタートアップの存在感を高めたいと思っています 。日本のスタートアップへの年間投資額は4000〜5000億円程度ですが、対する米国は14兆円、中国も10兆円規模と圧倒的な差があります。GDP比で見ても小さすぎです。これはスタートアップ投資の方法論が定着していないからだと考えています。また、情報の非対称性の問題もあります。投資家は1カ月で数百件の案件を見ていたり、過去に多くの投資実績もあるかもしません。でも、起業する人たちの多くのは初めてなのです。ここには情報の非対称性があります。投資家側が持っている知見や情報を広く出してしまうことは、自分たちが持っている有利なポジションを捨てることにもなりますが、それでいいと思っています。もし情報に非対称性があるとしたら、それはアンフェアな話です。実は英語圏では情報の非対称性はかなり解消されています。そうならないと起業やスタートアップは増えません。だから、僕の仕事は情報の非対称性を壊すこと。少なくとも起業家が不利な立場にならないようにすることが大事だと考えています。
― 自分たちの会社のブランディングだけではなく、もっと広い視野で考えていると。
西村 メディアを運営している人たちは基本的に同じ思いだと思います。誰かの役に立ちたいとか、より大きなコミュニティーや社会のためにという気持ちが第一です。そこに 少しだけ広告を混ぜる。そこが編集者の腕の見せ所です。僕は商業メディアで記事広告(記事の形式の広告。ペイドパブリッシングなどとも言われる)をやってきたので、読者に提供する価値を考えてベストなアングルを提案する仕事に慣れています。広報も同じで、相手が何を欲しがっているかではないでしょうか。例えば新聞記者は常にネタを探しているものです。ただし、良いネタは欲しいけれども、別にあなたの会社に興味があるわけではありませんよね。さっきの「知らんがな」は「読者にとってどうでもいい」という意味でもあります。広報の人たちは意外に「私たちはこんなすごいネタを持っているんです」の話をしがちですが、それが対象媒体の読者の興味関心に合っているのか、これまでになかった話なのかは別です。メディア露出を狙うときには、相手の記者やプロデューサーがどんなネタを探していて、何に困っているかに着目してほしいですね。
― 自分の会社の論理に囚われていると「知らんがな」になる。広報はマインドセットを変えないといけないわけですが、どうしたらそうなれますか。
西村 記者は厳しいですよ。つまらなかったらすぐシャットアウトしますし。でも、本当のところ記者が厳しいんじゃなくて、情報の受け手である読者や視聴者が厳しいんです。厳しいというか、忙しい。情報の受け手からしたら読むのも見るのも時間の投資。その投資の基準は本当に厳しいんです。読んでみた記事が役に立たなかったり、面白くなかったら、がっかりしますよね?
だから、必要なのは持っている素材を相手が欲しがっている形にパッケージして持っていくことです。できる広報は、取材に繋がりそうにないプレスリリースを送るときであっても「これはあなたの媒体の特性、読者の関心とは違っていると思いますが、こんな切り口であればお話しできると思いますので、いつでもご相談ください」と一言添えています。うまいなと思いますね。それと、メディアで働いている人たちも人の子なので、関係性の構築も重要です。愛されるスタートアップってあるんですよ。応援したくなる創業者がいるとか、その会社の社会的意義をうまく伝えられているとか。自分たちの魅力の伝え方は広報の腕の見せ所だと思います。
コンテンツの本質はエンタメである
― 最後に西村さんの経験から、困っている広報の人たちへアドバイスを伝えたいのですが。
西村 さっきの「知らんがな」に関連してもう一つ。元メルカリ広報のりっちゃ(中澤理香)さんが言っていたことに、「組織がある程度以上の規模になると、社内に外の声を届けることが必要になる」があります。ある程度ビジネスが軌道に乗ると、社内の人たちは自分たちのやっていることが社会にわかってもらえていると錯覚しますが、メルカリのようにユーザーが1000万人を超えるところまで成長しても、世の中的には誰も知らないことがありえます。
― 確かに。社内に「記事が出ましたよ」とは伝えていても、「社外からこう思われていますよ」まではできていないかも。
西村 だからこそソーシャルの反応を社内にフィードバックするべきです。知られていない場合、誤解されている場合は尚更です。そもそも知りたくないと思われているかもしれません。
― コンテンツを拡散させるコツはありますか?
西村 苦い薬を飲みやすくするために砂糖衣で包むように、情報を伝える時は答えを知りたいという気持ちをかき立てる工夫をするのが良いと思います。あと少なくとも「お土産があること」。読んで何か学びがあるとか、ちょっと面白かったりする何かがあること。僕は全てのコンテンツは本質的にエンタメだと思っています。読んで面白かった。誰かに話したくなる何かがある。そうやってパッケージにしないとメッセージは遠くまで届きません。良いものだからみんなが興味を持つとは限りませんから。
― 確かにCoralの記事には、忙しいのに、今、シェアしなきゃと思わせるものがあります!
西村 シェアの時代、記事で言えば最後の締めくくりのセンテンスも大事です。タイトルもですが、爽やかな読了感を作り出すのが最後の一文。そこまで気を配れるかが編集視点で、同じことが広報にも求められるのではないでしょうか。
西村さん、ありがとうございました!
聞き手:加藤恭子(ビーコミ)
構成:冨永裕子