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【第15回】池本 公平 さん(技術評論社 Software Design 編集長)

2020.08.18

“買ってもらえる”雑誌作りの秘訣は、個人のスキルアップに役立つ情報を提供し続けること

ソフトウェアエンジニア向けの雑誌として草分け的存在である技術評論社の「Software Design(ソフトウェアデザイン)」(https://gihyo.jp/magazine/SD)。同誌に寄稿することはエンジニアの憧れでもあります。その編集長として活躍されている池本公平さんに、今や貴重な存在となっている技術系雑誌メディアとしての在り方や注目の技術領域、そして雑誌掲載にあたってのポイントについてお話を伺いました。

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■技術評論社 Software Design 編集長 池本公平 さん

■プロフィール
株式会社技術評論社雑誌編集部ソフトウェアデザイン編集部編集長
ソフトウェア開発、ネットワーク技術、機械学習、科学など、幅広く雑誌・書籍の企画・編集を行う。『小悪魔女子大生のサーバエンジニア日記』、『なぜ、あなたはJavaでオブジェクト指向開発ができないのか』『プロになるためのWeb技術入門』『ITエンジニアのための機械学習理論入門』などの書籍を企画。気がつくと月刊誌Software Designを10年以上。


SI会社でデスマーチを体験し雑誌編集者に転身


― 池本さんのキャリアについてお聞かせください。技術評論社に入社されたのはいつ頃でしたか?

池本公平さん(以下、池本) 1995年に転職して、書籍の編集を担当した後に『Windows NT PRES』という雑誌を2001年ごろまで担当し、いったん書籍編集に戻って2009年からSoftware Designです。いろいろあって2012年から編集長を務めています。

― 編集長歴が長いですね

池本 約30年の歴史がある雑誌なのですが、歴代でおそらく一番長いですね。

― 学生時代から技術的なことは勉強されていたのでしょうか。

池本 大学の研究室でパソコンに出会い、実験データの処理に使ったり、簡単なプログラミングをして論文を書いたりしていました。卒業後にコンピュータに未来を感じてSI会社に入るのですが、いわゆるデスマーチで体調を崩しまして、しばらくした後に出版社に転職しました。そのSI会社が大型機中心で、クラサバが流行り始めた時代だったのにPCがわかる人間がいなくて、結果として自分で勉強することになり、それでIT系の書籍や雑誌を買い込んでいるうちに技術評論社の存在を知りました。

― 確かに昔のSI会社は労働条件がきつかったですよね。

池本 ですね。その時に出会った本が私の活動の原点です。当時はTCP/IPなどは日本で普及していなくて、自分の仕事をこなすために通信技術の本などを買い漁りました。給料の大半を本に費やし、ひたすら勉強です。名ばかりのOJTで誰からも教えてもらえない状況でした。それでPC系のプログラムやOSを全部自分で勉強しました。

― デスマーチの体験があって、それがあって技術評論社を知り......。

池本 きれいに言うとそうなのですが、アスキーさんとソフトバンクさんの本もたくさん買っていましたよ。そんな中で会社のプリンターがUnixマシンから出力できなくてLPRコマンドを調べていたのですが、それがたまたま載っていたのがSoftware Designだったんですね。

雑誌名が抽象的なので扱うネタも変えられる



― Software Designの媒体特性について教えてください。

池本 メディアとしては歴史が長いですが、中身はつねに変化してきたと思います。90年代末から2000年代初頭の内容は、インターネットの最新情報などごく一部のエンジニア向けのものだったのですが、ITバブルが到来して、だんだんコンピュータ技術者の仕事が一般企業の仕事になっていったのですね。それに伴って内容も変わってきました。

創刊当時はC言語、C++のオブジェクト指向などを取り扱っていたのですが、それから開発環境としてのワークステーションを採り扱うようになって、ワークステーションの通信機能を使うためにインターネットを特集するようになり、その普及に伴ってUNIXからLinuxが注目され、そのような過程を経て今に至ります。

先々代の編集長が、雑誌の名称が抽象的だから色々なことができると話していましたが、それは大きいと思います。OSも問わないし、ネットワーク技術もソフトウェア開発のネタも扱える。"今役立つ情報を提供する"というのがメディアの特性ですね。

― 編集部の体制はどうなっていますか。

池本 6人体制で、普通の編集部だと思います。基本的にスタッフライティングはせず、ほぼ依頼でやっています。

― 書き手はどうやって探しているのでしょうか。売り込みもあると思いますが。

池本 これだと思う方に直接メールやメッセージを送るケースが多いですね。スライドシェアで発表されて人気があるものをよくチェックしています。あとは筆者からの紹介も多いですね。 コロナ以前は発表会や勉強会、イベントで直接スカウトしていました。発表がうまいとか、その時のパワポの内容がいいとか。アウトプットが上手な方にお願いしたいので、書くことだけでなく話術も重視しています。

― コロナ禍でなかなかリアルイベントに行けませんが、現在はどうされていますか。

池本 現在「超絶エンジニアメモリーちゃん」という漫画を連載しているのですが、それはネットでスカウトしました。ただ後でわかったことですが、著者さんは著名なエンジニアの友人でした。業界自体がせまいのかもしれません。

ヒット特集を連発し定期購読数も増加



― 一般的に雑誌は厳しいといわれますが、数字面はいかがでしょうか。

競合誌がほぼなくなっているので、実は定期購読が伸びています。Fujisan.co.jpの定期購読分はここ10年で150パーセント以上も伸びていますし、電子版の本のダウンロードも伸びていてかなりいい状態になっています。

― 最近当たった企画を教えてください。

池本 最近では、5月号の「データ型を正しく説明できますか?」という特集です。静的型付けと動的型付け、言語の間違いという内容の特集を組んだのですが、みんなこのあたりをあやふやにしているので、非常に反応が良かったですね。C言語のポインタ特集もよくあたります。みなさん弱点なんですね。

予想外だったのが、CPUとかハードウェアに近い「低レベルソフトウェア開発」という特集です。これも筆者からの紹介案件で、正直当たるとは思わなかったのですが。想像以上に反応がよかったのです。いろいろなコミュニティの中で盛り上がっている内容を紹介されて取り上げることが多いですね。

Googleに採用されているソフトウェア技術者の共通項は?



― コミュニティの存在は重要ですね。

池本 そこはUNIX関連のソースコードをひたすら読んでいく「カーネル探検隊」というコミュニティなのですが、実は今後増やしていきたいのがそちら方面の記事です。

これまでの取材や交流から見つけた傾向なのですが、成功しているソフトウェアエンジニアにはハードウェアをきちんと理解しているという共通項があります。実際日本のGoogleに採用されているエンジニアの共通項は、コンピュータのアーキテクチャをしっかり理解していることです。その辺のネタは、雑誌でも特集すると当たるんですね。データ型やCPUなどコンピュータの中の仕組みが分かっていれば、メモリのアロケーションのしくみをがわかるのでそんなに困らない。そのあたりを理解するためにアーキテクチャの理解は必要なのです。

― 確かにその領域を取り上げているメディアも少ないです。

池本 根底の部分でそういうところを押さえたいですね。通信の仕組みとか、基本的な部分は大事にしていきたいです。

AWS活用に通ずる古のUNIXテクニックを紹介



― 基本的な部分の紹介は毎回繰り返しで似たようなコンテンツになってしまいませんか?

池本 それでも大丈夫です。今の読者プロファイルを見ると、20代後半の山と40代後半から50代の山がありますが、私が異動してきたときには50代の一山だけでした。それでは10年もたないと思い、若返りを画策したのですが、その際の企画の1つがITの基本でした。後押しになっているのが、クラウドサービスであるAWSの普及です。

ある著者さんから、最近の技術者はHistoryコマンドを知らないという指摘がありました。AWSを使うにあたってSSHで接続してターミナルで操作するときに、古(いにしえ)のUNIXのテクニックを一切知らない人たちが多く、毎回コマンドを打ち直し、シェルも知らないと。そうした世代の知識ギャップを見つけて特集を組んだら当たった訳です。

そこで本誌のテーマは、「若い人には新鮮、ベテランには復習」なのです。料理のレシピ雑誌で「味噌汁の作り方」みたいな記事がよく載っていますが、それと同じです。ベテランは基礎をないがしろにしちゃうときがあるんですね。

― 基本的なものは、時代を反映させる形で取り扱っていけばいいということですね。

池本 なるべくそういう所を考えています。別の見方をすれば、最新情報を載せていればいいという時代から、個人のスキルアップに内容や軸足をシフトしたことで売れるようになっているということなのです。かつてネットが普及した時に本が売れなくなるのではと社内で議論になったのですが、そうではありませんでした。

― ネットで来た情報よりも、プロがしっかり情報を収集し整理して届けたものの方が評価されていると。

池本 データ型の特集に関しては、根本はメモリなのですが、そこに至るまでの味付けは担当編集者の腕です。ネットと雑誌の違いは、ネットは情報収集段階にとどまっているということ。例えば大規模なシステムが必要なものは、個人レベルではできません。ネットでPVを集めているからということで本や特集にしても売れない。つまり、個人のスキルに密着したものでなければ売れないんですね。オブジェクトストレージを特集したら外すけど、エディターの特集は毎回当たる。そこで、「半径3メートル以内の記事を作れ」と指示しています。

後はプログラミング言語ですね。RustもGoも良かったですし、新しい言語に皆さん興味があるようです。紙媒体はお金を出して買うものなので、得にならないといけない。そこがネット情報との違いですよね。

優秀なエンジニアの執筆を通じたアプローチが有効



― 企業側から見た話を少し伺いたいのですが、Software Designにうちの記事を載せて欲しいという広報担当者は多いと思います。そのような人はどうすればいいんでしょうか。

池本 自社製品のPRでなく、読者のためになる記事という条件で寄稿していただいています。ただそこに至るまでに、準備不足な広報担当者さんが結構いらっしゃいます。自社は何を売っていて他社商品との違いをうまく説明できないとか、どうサービスが優れているのかを言い表せないとか、読者に対して何を伝えたいのかをあまり分からないまま依頼に来るというか。

― なるほど。準備不足のままにアポを取ってしまうケースがあるんですね。

池本 具体的に伝えていただければ、こちらもどういう読者に向けでどんな紙面を作れるか検討できます。あと、製品やサービスを推すよりも、こんな優れたエンジニアがいるということをアピールするほうが会社にとってプラスになると思います。こういうサービスを作った人が素晴らしい原稿を書いている!というアプローチが、遠回しに会社の技術力のアピールに繋がり、人材募集によい結果を出すのではないでしょうか。メルカリさんがGo言語の連載をしているのですが、内容がとにかくすばらしく、同社の技術陣のレベルの高さを知らしめる結果になっています。

また、この世界や技術には基本的にわかりづらさというのがあるので、そこをどうサービスとして説明するかという視点も重要です。例えば我が社の強みはKubernetesですではなくて、Kubernetesを使ってどう役に立つものを作っているのか、どうやって儲けているのかを伝えて欲しいですね。そこをちゃんと説明していただければ、こういう記事でという話はできると思います。

会社の存在理由をしっかりと把握した上で適切な広報活動を



― 編集部に挨拶に行きたい、プレスリリースを持っていきたいという前のめりの姿勢ではなくて、うちの会社の強みはこうでこんな状況ですとしっかり足元を固めた状態で話ができると次に進む可能性が高くなるわけですね。

池本 そうですね。以前持ち込みで、StrutsのレガシーシステムをSpring Framework にマイグレーションするサービスを提供している会社に短期連載記事を書いていただきました。いまやセキュリティホールの問題しかないStrutsをどうやってSpring Frameworkに開発しなおすかという話を、自社商品の話は無しという条件でしたが、レガシーシステム移行のエッセンスを惜しまず書いていただけました。こうした記事ならば、宣伝ではないので読者も安心して読めます。そうなると反応がいいですよね。

― なるほど。サービスそのものを紹介するよりも、今取り組んでいることを伝えることで会社のことも理解される、読者も得るものが大きいということですね。

― 最後に企業の広報担当者へのアドバイスやメッセージをお願いします。

池本 自社製品の本当のメリットをうまく表現できる方が、案外少ないのです。もちろん中にはすばらしくわかりやすく表現してくださる方もいらっしゃいますが、ついスペックの説明だけで終わってしまう場合がけっこうあります。仮想環境のライセンスが豊富にあるとか、太い回線を使っていますとか、最新のネットワーク機材を使っていますとか、そうした説明は、ユーザーにとって本当に有益なのでしょうか? もっと顧客が抱えている問題に踏み込んで解決するような説明が欲しいのです。たとえば、このシステム導入で1日30分も帰宅が早くなります、といったよりユーザーの問題解決に近い話です。

どんないい商品でも、自分の会社が何をやっているのかを説明できなければうまく伝わりません。まずはビジネスを実行している根本的な理由を伝えることが大切です。

当社でいえば、実用書を作ることが存在理由で、その上で専門書ではなくて実用書でなければ駄目だと社長がいつも訓示します。実用書はちゃんと編集者が内容を理解して出さないといけない、素人の編集者でも理解できるように技術をわかりやすく書いたものでないとダメだと。実際にこの立ち位置からずれてしまうと売れない本ができてしまうんですね。一人ひとりの社員が問題を消化して、どのように自分の形で表現できるか。広報やPR活動にしても、そこが大切なのかもしれません。


池本さん、本日はありがとうございました。

聞き手:加藤恭子(ビーコミ)
構成:石田仁志