【第13回】松尾 慎司 さん(SBクリエイティブ株式会社 ビジネス+IT編集部 編集長)
2019.10.02
「デジタルの良さと伝統的なジャーナリズムの素晴らしさを融合させて取り入れていきたい」
広報PR担当者であれば、必ず知っておきたい個々の媒体特性。しかし、意外と理解しているようで知らないことが多いのも事実です。
各メディアの方がいま取り組んでいること、広報担当者に感じていること、これからの在り方についてなど、お伝えできればと思います。
今回お話を聞いたのは、「ITと経営の融合でビジネスの課題を解決する」をテーマに数あるビジネス情報サイトの中でも独自の立ち位置で読者の支持を得ているビジネス+IT(https://www.sbbit.jp/)の編集長 松尾慎司さん。
同メディアの目指す方向性や、編集方針などについてお話を伺いました。
松尾 慎司(まつおしんじ)編集長 プロフィール
ビジネス+IT 編集長システムエンジニアを経て、出版社ソフトバンクパブリッシング(現SBクリエイティブ)に入社。『UNIX USER』編集部に所属後、準会員制オンラインメディア「ビジネス+IT」の立ち上げに携わる。ビジネスとITの融合点を10年以上にわたって取材。
同じようにやっていたら勝ち残れない
ー ビジネス+ITの編集を担当されるようになってどのくらいですか?
松尾慎司さん(以下、敬称略):元々は12年位前に社内ベンチャー的な形で立ち上がったのですが、その当時から携わっています。
ー どのようにメディア業界に入られたんですか?
松尾:もともとNPO法人でITエンジニアとして働いていたのですが、雑誌が好きで出版社に転職したいと考え、縁あって「UNIX USER」の編集部にお世話になることになりました。
ー ビジネス+ITに携わるきっかけは?
松尾:その頃すでに雑誌は厳しい状況になっていたこともあって、UNIX USERの休刊後に移行してきたというのが実際のところです。
ビジネス+ITはWebメディアを標ぼうしていますが、その出自がイベントや雑誌など、分散されていた社内のBtoB事業をまとめる形で一つになったという背景もあり、私は雑誌から来たメンバーの一人と言えます。
ー ビジネス+ITはどのような編集方針で記事を作っているのでしょうか?
松尾:立ち上げた当時、ITの領域でも色々なメディアがすでにあったので、はじめは他のメディアがやっているように記者発表会に出向いたり、速報ニュースを載せたりしていました。
でも、僕らは後発で、同じようにやっていたら勝ち残れないなと考えて、少しずつ編集方針を変えて行きました。
―具体的にはどのような変更をされたのでしょうか?
松尾:よりビジネスに寄せていきました。多くのメディアがIT系企業を取材の対象としていましたが、僕らはなるべくITを使うユーザー企業を対象に取材するようにしていました。これは似ているようで大きな違いだと思っています。
一方、僕らが立ち上げたころぐらいから、ITが関わる領域はどんどん増えてきており、今やビジネスになくてはならない存在になってきました。そのため、取り上げる領域が加速度的に増えてきたという状況です。
ー 確かにビジネス+ITは独自の立ち位置にいるように見えます。
松尾:独自の立ち位置かは分かりませんが、僕らの根底には「情報には(何らかの)対価が必要だ」という考え方があります。それは立ち上げ当初から変わりません。
10年前は多くのメディアで、ユーザー登録なしでも記事が読めるところが多かったように思います。でも、僕らは一部のニュース記事を除いて当時から無料の会員制を取っていました。他のメディアがPVやUUを重視している間、僕らはずっと別のところで情報に対する価値を作って来たように思います。
8人体制で担当分けをせず多種多様な記事を作る
ー 編集チームの体制について教えてください。
松尾:今は業務委託で来ていただいている方を除いて編集担当者が8名いますが、たとえば分野別の担当を設けることはしていません。
我々の編集記事を作るときのKPIに合致する企画をそれぞれが考えて、それに合う著者さんや取材先を各人が割と自由に選定しています。ここでいうKPIを詳しくお話することは難しいですが、端的に言えば読者が知りたいと思うことを企画しています。ただし、個人としての興味関心ではなく、企業や組織に所属するパブリックな立場としての興味関心を重視しています。端的に言えば、会社のPCや会社支給のスマホで堂々と読んでいただけるコンテンツに限定しています。
ー DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉もあるように、最近はITとビジネスという分け方はあまりされていないので、特定領域に限定されない編集体制は時代に合っていると思います。ただ担当が分野別に分かれていないと、広報PR担当者はアプローチしにくいかもしれないですね。
松尾:確かに、僕らが取り上げている領域は多種多様で、広報PR担当者からはアプローチしにくいと思います。ただそれは自社視点でお考えだからかもしれません。世の中の読者の興味関心こそが重要で、その中で何を自分たちが担っているのかがわかれば、おのずとアプローチすべき媒体も、内容も決まってくると思います。
プレスリリースは将来の記事のアイデアに。ファクトチェックとしても活用
ー 広報PR担当者の方が読まれると思いますので、ぜひその辺りをもう少し詳しく聞かせてください。
松尾:僕が言うのものおこがましいですが、持ち込みをされるのであれば、例えば企画をパッケージ化してみたり、メディアが興味を持ちやすいようにアプローチすると言うのはあるかもしれないですね。具体的に言うと、競合のPR担当者と一緒になって、各社の製品の強みがそれぞれわかるような対談を提案するくらいのことは今の時代、求められているような気がします。
ー 編集のアイデアなどはどのように情報収集されていますか?
松尾:SNSや他媒体も読みますし、リリースやメールで情報を集めたりしています。
ファクトチェックなども編集部で行いますので、各社のホームページに使いやすい形でリリースなどの情報が揃っているととても助かります。
つまり、我々が企画したことやお話をお聞きしたいときにプル型で情報を取得できることがありがたいのですが、編集部としてはPRの方からのプッシュ型の提案はそれほど成約率が高くありません。
なかでも時間がかかるだけで、同じ内容になりがちな記者発表会の参加は原則としてお断りしています。
ただ、そういった情報でもメールなどの非同期型コミュニケーションツールでいただく分には大変ありがたいと思っており、「ちょっとビジネスやITに関係ないけど、、、」くらいの情報も送っておいてもらえると、意外なところで繋がってアイデアになったりします。
すぐに記事にならなくても、送っていただいた情報の中から探して、将来的に記事化に繋がったりしますので、広報担当者の方は、プレスリリースが掲載されなかったからといって失敗と思わず、ぜひどんどん情報を発信していただければと思います。
逆に電話のような同期型のコミュニケーションツールはわずらわしいことが多いですね。これは他のメディアの方と飲んでいるときもよく出る話題です(笑)。
FinTech Journalを立ち上げ、専門家による解説を発信
ー 編集部としては今後どのようなテーマを扱っていく予定ですか?
松尾:直近では金融業界向けの「FinTech Journal」(https://www.sbbit.jp/fj/) というメディアを立ち上げました。今後は僕らのメディア全般、専門家の方が信頼性の高い情報をわかりやすく解説してくれるような情報発信を強化していきたいと考えています。
というのも、「セキュリティ」と言った時に「セキュリティの専門家」以上に詳しい方は編集部にいない訳です。ならば、僕らは専門家や有識者の「拡声器」として、世の中にとって必要な情報を発信できたらと考えています。
もちろん時事性がある方がいいですが、あまり他のメディアとして取り上げない領域やPVが取れるわけではないネタであっても、我々の基準を満たせば連載をお願いするケースは少なくありません。
ー スター編集者やライターを作り出すことは考えていますか。
松尾:それは、あまり考えていません。先ほども申し上げたように編集者はあくまで裏方であり、有識者の拡声器だと思っています。
僕らは誰かひとりのスター記者やスター編集者に頼るより、互いに尊敬できる多様性のあるメンバーで構成されたチームでいた方が、結果が出ると考えています。
また、Webメディアならではのデジタルマーケティングのノウハウを駆使しつつも、伝統的なジャーナリズムで重視されてきた信頼性の高い情報を発信していく手法も日々、他の素晴らしいメディアから学んでいるつもりです。
データを活用しつつ、雑誌や書籍の良いところを取り入れたコンテンツを作り出して、両方の良いところを伸ばしていけたらと考えています。(了)
聞き手/構成:加藤恭子(ビーコミ)、高橋ちさ