【第6回】戸津 弘貴さん(iPod Style)
2015.12.10
これからの記者発表会は、出来上がりの記事だけでなく、写真や動画も考慮する必要がある
今、企業の情報発信のあり方が大きく変化しています。そのような中、ライター活動だけにとどまらず、写真(スチル)や動画(ムービー)にまで活動の幅を広げ、第一線で活躍をされている戸津 弘貴さんにお話を伺いました。
いきなりの内定取り消しを救ったのは実力を知る「仲間」だった
大学では国文学を専攻していた戸津さん。学生時代に、DTP(デスクトップパブリッシング)に興味を持ち、それがMacとの出会いにもつながりました。当時は、使い方を学ぶ場がなく「Macを使う会社でバイトをしよう」と思い、実践しながら知識を身につけて行きました。
バイト先では、DTP関連アプリや校正などの基礎知識から覚え、当時リリースされたばかりのAcrobatを使ったPDFによる電子マニュアルの作成などベテランオペレータがやらない新しい仕事にチャレンジもしました。この時覚えたアプリの操作方法や様々な知識、経験は、今でも役に立っています。Macのメンテナンスなども任されるようになり、その知識が活かされてCATV系インタネットプロバイダーに就職することもできましたが、Mac好きが高じてどうしてもアップルで仕事がしたいと思い、アップルで働くことにしました。
Appleで働いた事で技術力のアップだけでなく、どんな厄介な人に出会っても対応可能に
「Appleにいたのは2年位ですね。当時は日本企業っぽい部分もあったと思えば、外資だな~と思うような部分もあり、それが良くも悪くも感じました。春には花見があったりとかもありましたし。ただ、業務内容は濃縮されていて、異なるジャンルのワークを並行してこなす必要があるなど、成長度合いが他の企業の3倍位で、良い経験になったと思います。
当時のサポートには東芝クレーマー事件の余波がありました。私の業務の中には、コールセンターが根を上げたお客さんの最終的な対応もありました。この経験があるから、どんな厄介な人にあっても対応が出来ます。人間として嫌な人って存在するんだなあということにも気づきましたね。そういえば、加藤さんも嫌な人に会ってfacebookに書いてる時がありますよね(笑)実は、どんなに切れている人でも、最終的に欲しているものがあるんですよ。それがわかれば誘導して妥協点を探ればいいんですよね。この考え方が今もビジネスに活かせています」
Appleで飛躍的にサポートスキルをアップさせた戸津さんですが、マーケティングやコミュニケーションの仕事に興味を持ち始めます。人が作ったものの使い方やトラブルを解決するのではなく、自らがもっと深く製品に関わり、世の中に広めたくなったのでした。
個人サイトをスタート、著名なメディアで連載も開始
「残念ながら外資系で未経験者の部署移動ができないので、退職し、外でマーケティング職を見つける事にしました。当時はiPodがでたばかりで。それを盛り上げたい気持ちがあり、2002年に個人で始めたサイトがiPod Styleでした」
その後戸津さんはセキュリティ系の会社でSEとマーケティングの職につきますが、iPod Styleは継続していました。そしてMac Fanでも連載をしたり、様々なメディアに登場する機会が増える等、だんだんと個人での活動が注目されていきました。そんな中、激務で少し体調を崩した事もあり、退職し、個人の活動に絞る形になりました。アイティメディア等の媒体にも執筆しながら、iPod Styleにも書き続けました。
網羅的で公平なレビューと動画で圧倒的な差別化を
戸津さんの活動が大きく注目されたのにはいくつかの理由がありそうです。まずは他の個人メディアとの差別化があります。自分が買って来た気に入った製品の感想文やPR会社に頼まれた製品を試すのではなく、企業から同じカテゴリーの製品(FMトランスミッターやBluetoothヘッドフォンなど)を「レビュー用」として借り受け、その全てを試して掲載したのです。どれも同じ条件で比較をした上に、個人の好き嫌いも排除しました。
「数多ある機種の中でどれを買おうか迷っているとき、レビュアーが異なると、見方が変わってしまいます。同じ人が試した方がいいと思いました。また自腹で購入したものがあると『感情』が入りますし、激しい使い方をして壊れることは避けたいと思ってしまいます。ですので『テスト中に壊しても構わない』という条件で貸してもらってひたすらテストしました」
「レビューに協力してくれたメーカーさんの製品の売上が上がるという副次的効果もあるかもしれませんが、一番大事なのは『買って良かった。iPod Styleが参考になった』と言われる事だと思っていますし、『iPod Styleは信頼出来る』と言われる事がうれしいですね。過去にiPhoneケースを取り上げたのですがそのときは『低価格なので割れたら買い替えて交換するのに適している』と本音を書いたら読者の方だけでなく、メーカーの方からも支持されました」
黎明期にやり始める事が重要
また、早い段階から戸津さんは「動画」に着目しました。
「写真と文章では伝えきれないものってありますよね。たとえば、Bluetoothのペアリング等、わかりにくい点を動画にしたら評判になり『これだ!これからは動画が来る!』と気づきました」
当時はUstreamが話題になった時期でもありました。様々な企業が「Ustreamの分かる人はいないか?」と言っている時期に戸津さんは友人達とグループでその対応を引き受けることも始めました。
「人がまだやっていない黎明期にやりはじめるのは重要ですね。技術情報が無くて苦労するけど、失敗も怒られない時期です。どんどん経験が積み重なって案件も増えて行きました」
最近は、会社を作って役員となり、配信、映像技術など、広報や広告のプロモーション現場で不足している経験値をサポートするビジネスを開始したほか、引き続きライターとしてEngadgetなどに寄稿し、またiPod Styleも継続しています。
「iPod Styleを始めた頃とはメディアの様相も変わって来ました。とにかく記事数を増やしてバイラルを重視、PVを増やそうという流れがある中、情報をストックしておくタイプのサイトに変革しようと準備をしています。他のサイトにありがちな500円で記事を書いてもらって数多くアップするのではノイズが増えるだけので、価値のあるコンテンツに特化していきたいですね」
広報担当者は記事だけでなく映像の事も考える時代が来た
最近は記者説明会でも写真や動画の撮影が増えているように思います。しかしながら、主催者側にその理解が甘いケースがまだ多いと戸津さんはいいます。以下は戸津さんが上げてくださった具体例です。主に、写真撮影と動画に関してあげていただきました。
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音声ボックス
音声ボックスがあるかないかをはっきりさせてほしい。 申し込み時点でムービー(動画)にチェックをしているのに、会場に行ったら音声ボックスのないことがある。 また先着何社がつなげるのかもわかるとやりやすい。 同時通訳の場合、通訳音声が考慮されていない事もある。 後述のプレスブリーフィングで、登壇者が使うマイクの音声チェック(発声チェック)や、BGMなどの音声レベルのチェックもやってもらいたい。 プロ用のムービーカメラには通常音声ライン(XLR端子)が2つあります。大きいテレビ局の取材チームなら音声マンがミックスしますが、時には小規模なチーム、単独取材の場合もあり、主催者が渡す音声ラインは最大でも2chに収まっているとよい。どんな音声を記録してもらいたいかを最初に考えて、準備をすると良さそう。 -
会場の環境の事前案内
スチル(写真)とムービーの取材には、事前に会場の条件や環境を案内してもらえると、準備がしやすい。「ここのホールは後ろで撮影だな」と望遠レンズを持ち込んだら、前詰めでワイドでないとだめだったり。 -
取材ポイントの分かる組み立て
取材ポイントがどこなのかが事前に分かる組み立てはメディア露出に効果的。局はニュースで使う15分だけでいいこともある。 -
フォトセッション
多くの場合、プレスブリーフィングが行われますが、その際、進行の段取り説明やマイクの音量チェック、照明セッティングなど、どういう風に行うかのアナウンスがあると親切。 プレゼン時とフォトセッション時には、ホワイトバランスが変わることが多いので、特に放送局で使うようなムービーの場合は「ただいまからフォトセッションです」と言ってもらえると、助かる。 イベントによっては、「前にお集まりください」と言われることがあるが、ムービーの場合は移動が難しいうえに、前にスチルが場所取りしているところに入ってゆくので撮影条件が悪い。さらに、スチルと違い動いてもらって十数秒ないと成立しない。スチルとムービーは求める素材が違っている。 可能であれば、フォトセッションをスチルとムービーとで分け、スチルは座らせたうえにフラッシュを使わないでもらい、司会が登壇者に動きをつけるように促すと動画として使われやすい
「どんな記事になるか」を考えて来た広報担当者は「どんな映像になるか」「どんな写真になるか」も考えて行く事で、更にメディアのカバレッジもあがりそうです。
戸津さんの趣味はアウトドアで、今年は富士山にも登りました。ニトリのスキレットを家でも使い、アウトドア気分を味わっているとの事です。またお嫁さんも募集中です。
戸津さん、貴重なお時間をありがとうございました!